チャーム





 その男は、悪魔と呼ばれていた。
 その名称のおかげで、アポイントをとって会う前、私はとても緊張した。狡猾で、残忍で、とても醜悪な性格をした、容赦のない老人か、とんでもない気違いの美青年が現れると思っていたのである。
 場所はイギリスの北、いや、スコットランドの中ほどにある小さな田舎町と言っておく。
 その場所に、私は滞在した。手に入れたい宝飾品があったからだ。
 願いを叶えるチャームを作る男がいるのだ。それが、悪魔伯と呼ばれるレイモンド・ザル・デル・カント伯爵である。彼の名称は、英国王によって授けられたものではなく、別の王から授かった古の名称だと言う。ザル・デルとは、小鬼の、とか、霊的な、という意味合いを持つという。
 彼の説明では、悪魔の手先と言う意味ではなく、巫術を行う家系とのことだ。いつから続く家系なのか知らないが、時期が時期なら火あぶりや迫害にあっていたであろう名称であろう。いや、実際に迫害にあったのかもしれないが。
 訪問は五年前の三月だった。当時の英国は、いや、今でもテロの脅威にさらされた国で、入国する際には、日本で入念に外務省のサイトを調べて、持ち込み可能な物品を調べなくてはならなかった。また、出発する間際になって、インフルエンザが流行るなど、憂鬱な気分にさせられる出発だった。
 そもそも私が「チャーム」を手に入れることにしたのは、さほど、差し迫った理由があってのことではなかった。もともと、英国の北部地方に興味があり、休暇が取れれば、旅行に行きたいと考えていた。私にとって、スコットランドと言えば、ネス湖のネッシーであり、バグパイプであり、おじさんがキルトを履いてスコッチを飲み、交霊会とオカルトと神秘とオーロラの国なのだった。
 私の旅をコーディネートしてくれた添乗員の話では「風光明媚でよいところですよー。でも、刺激を求める方にはちょっとね」という。その方とは、長い付き合いがあるわけではない。第一印象で変な社会人だと思った。日常を離れて旅をしたいと思い、カウンターへやってきた客に「ちょっとね」と思う場所を勧めているのか、働きたくないのか。
 英国へ二週間の旅。しかも、都市周遊ではなく、スコットランドで滞在型。
 私も変な客だと思われたのだろう。そもそも三月にオーロラなんて見られるのだろうか。いや、行って見なければわからないだろう。二週間も空を見ていれば、見れる日もあるのではないか。その年はとにかくオーロラに飢えていた。何か光り輝く神秘的なものに触れたくて、その地方へ旅をしたいと願ったのである。
「もともとスコットランドはオーロラの見られる限界地なんです。きれいなオーロラなんて滅多に見られませんよ。当たり年に見た人がパラパラいるとかいないとか言われるだけで、旅行会社が企画を打てるレベルのものではないんです」
「今年は当たり年ではない?」
「さあ……どうなんでしょうかね。でも、お客様の希望は理解しました。神秘的な体験をご要望なのでしょう? でしたら、スコットランドは霊的な場所と言われていますし、長期滞在されるわけですから、何か面白いオプションを探しておきましょう」
 すぐに取り出せるほど需要のあるものではなかったらしい。
 その日の提案としては、日本からロンドンへ向かい、その都会的な町で刺激的な外国経験をした後に、古き良き英国の田舎道をバスでのんびり旅をしてはどうか、とのことだった。その手の周遊パックツアーなら、もっと安くて短期間でできるだろう。
 グレートブリテンには行ったことがある、スコットランドに行きたいのだ、と言えば、ではコナン・ドイルの生家のあるエディンバラから北上し、ゴルフの聖地セント・アンドリュースで少しゴルフを楽しんで、王位継承に重要な意味を与えた「運命の石」の発祥パースを訪れ、ネス湖の湖畔で怪物の出現と共に偶然を狙って、オーロラを待ちましょう、とパンフレットどおりの答えが返ってきた。
 今から思えば、私がなぜ、そんな酔狂なことをしたのかわからないが、説明を聞いているうちに飽きてしまい、何かの拍子で見たテレビ番組のように運で決めてみようかという気になった。ダーツでも打って、当たった町に二週間住んでみるのだ。
 実際には、それほどエキセントリックに矢を飛ばせたわけではないが、カウンターの上に置かれた時計を見ながら、ぞろ目が出るのを待っていた。その時の時刻はやけに覚えている。昼の十一時十一分だ。その時刻になったときに、一番最初に目に入った地名が「グラスゴー」だった。添乗員はスコットランドへ行く航空機を調べ始めていた。グラスゴー空港はスコットランドの南西の玄関口だ。
「グラスゴー空港から入ったら、どんなツアーになりますか?」
 添乗員はパソコンで空席を調べ、首を傾げながら答えてくれた。
「神秘を求めるお客様には少々刺激がありきたりかもしれませんね。経済の中心地でアールヌーボー建築に溢れた豪壮なデザインの都会がグラスゴーです。その近くに妖精の出るローモンド湖がありますね。スコットランドの西沿岸地域は入り組んだ入り江と島が形成され、雄大な自然が続きます。ケルトの影響の強い地域ですね」
 結構じゃないか。
 私は西側沿岸地域に滞在することになった。添乗員は三月にロンドンに入って、エディンバラから日本へ出るパックツアーの案内をするのだといっていた。そのツアーに申し込みをしてはどうでしょうか、と言われたが、断る。だが、一緒の航空機に乗ることにして、別のツアー客と同じ席を予約された。日本からグラスゴーに直接入る航空機はない。ロンドンから一時間少々。
「寒くてもピーター・ラビットの故郷が人気です! そちらの方が楽しいのに」
 それは私の求める神秘的な旅ではない!
 オプショナルツアーの案内を受けたのは、日本を出る二週間前の話だった。その頃には、オーロラが太陽活動の影響を受けていることや、オーロラの出現する場所は極点よりも若干南にずれ込むことや、オーロラにまつわるロシアの神話などを調べていた。そして、私がもっとも残念に思ったのは、その年は太陽活動がそれほど活発ではないという事実だった。さらに、太陽活動とチーズの消費量が相関するという論文を見つけて、チーズに興味を持ち始めていた、微妙な時期だったのである。
 その時期に「お客様の希望を叶えるチャームを作ってみませんか」と言われた。
 私の希望を叶える、とは、オーロラのことだろうか、と考えたのが最初の反応だった。私はもうオーロラへの関心が失せていた。スコットランドでチーズなんて期待はできないだろう。何となく、重い気持ちになった。
「スコットランドで食べられる現地のチーズってなんでしょうか」
「え? 神秘的なチーズですか……そうですねえ……また探しておきます。ところで、悪魔伯爵と呼ばれる方がいるんですが、その方に会ってみませんか? その方が願望を叶えるチャームを作っているんです」
「チャームって何ですか? 魅力?」
「宝飾品のことです。ジンクスとか、ラッキーアイテムとか、持っていると何となくいいことが起きたりする奴です。日本で言うと、ほら、お守りみたいな」
「スコットランドのお守りですか」
「それを悪魔伯爵と言う方が作るんです」
 それはご利益があるのだろうか。微妙な話である。
 だが、旅というのは真面目に遂行するものでもない。日常の憂さ晴らしであって、人生のスパイスだ。悪魔が作ったお守り。小説のネタにはなるだろう。そこそこに面白い。
 そのようにして、私は悪魔伯爵の暮らす村へ向かうことになった。


 ロンドンの飯はまずい。理由は塩が効かないからだ。
 フィッシュアンドチップスも初日で食べ飽き、ディナーで出たプディングとローストビーフも日本で食べた方がましだと思った。ただ、なぜかワインとチーズは飛び切りに美味しくて、パブでビールなんて飲む気にはならなかった。フランス産のワインが安くて美味い。大陸と海中で繋がったのは90年代の話。悪くない文化の侵略だと思った。
 添乗員の勧めで結局のところ、ロンドンに二泊した。それがよかったのだろう。ロンドンで幻滅した分、ツアー客と離れてグラスゴー空港に着いたとき、北部の大都市を見ても落胆せずに済んだ。ロンドンに比べたら、スコットランドの都市はどんなに大きくても、華やかさには負ける。伝統のあるいかめしさを色合いから感じる。
 スコットランドは色のない国だった。
 その中でもグラスゴーはアールヌーボーの旗手、チャールズ・レニー・マッキントッシュの影響で、街の空気が近代的に明るい。街中がお洒落な博物館だ。ロンドンを見ずに直接来ていたら、あまりの都会ぶりに落胆しただろう。だが、大英帝国とは異なる土地で栄えている都会の夜を楽しむ。日が落ちるのは早い。そして、日が昇るのは遅い。
 伝統料理にこだわって、スコッチでスモークサーモンを食べたら、翌日は二日酔いだ。だが、気楽な滞在ゆえにホテルで寝て過ごした。部屋の掃除を頼むついでに、ホテルのロビーで地図をもらい、午後から探索に出た。ブキャナン・ストリートから東へ一キロ、宗教革命の破壊を逃れた十四世紀のゴシック建築、グラスゴー大聖堂とその近くにあるセント・マンゴー宗教博物館へ行く。その周囲は旧市街だ。どことなく黒い石の重厚な世界の中を、歩いているうちに気持ちが落ち込んできた。
 再び中心地に戻って、現代美術館の前に立ったが、美術鑑賞をする気力がなくなる。既に時刻は午後四時で、日が傾いている。日没は五時半ごろ。
 この街に滞在してたったの二日で後悔した。言われたとおり、団体旅行で楽しんだ方が明るくていい。建築を眺める楽しみは僅か一日で終了した。
 翌日には、妖精が出るという噂のローモンド湖へ行き、神秘的な空気を味わうが、これがなかなかに陰惨だった。昼間でもうっすらと影の射す雰囲気は、常ならぬ存在が今にも現れそうな陰気ぶりである。さらに、この湖に沿って北上すれば、悲劇の谷という名称のグレンコーがある。国王への忠誠を拒んで虐殺された一家の暮らす渓谷だ。その場所へ行く予定はなかったが、有名な場所らしく、旅行雑誌を見ればグラスゴーと共に紹介されている場所だ。
 そして、不幸なことに、私の旅行が始まって七日目にして、私はオーロラを見てしまった。それはローモンドからA85ラインを北上し、グレンコーを通り過ぎて、ブリテン島の最高峰ベン・ネヴィスへ向かった帰りのことだ。
 日没を雪の最高峰から眺めても、気分が晴れないことに落胆し、レンタカーに乗り込んでグラスゴーへ戻る時、エンジンをかける前に空に異様な光を見つけた。最初はスキー場を照らす照明の効果だと考えていた。それほど感動的な光の躍動ではなかった。しかも、色がない。あっという間に終わった光の舞踏だ。
 カーテンのように流れてくる光を想像していただけに、サーチライトで照らしたかのような一瞬の光は唐突で予想外で、情けないほどつまらなく感じられた。
「さて、グラスゴーまで三時間……か」
 私の観賞時間は三分で終わった。外はまだ寒くて、のんびり観賞したい気候ではない。光の動きはとても緩慢で月と区別も付かなかった。私はこの旅行に飽きていた。
 悪魔伯爵との約束まで、それから三日もあった。これ以上何をして楽しめばいいのかがわからなくなり、日本にもって帰るお土産を買ったり、あてもなく街をうろついたりして時間を潰した。
 私は人生に飽きているのだった。
 未知の街に滞在することで、この厭世感を取り払うことができるのではないかと期待していた。だが、街の名前が変わっても、私自身の心は何も変わらないのだ。
 毎日がつまらなく、憂鬱で、陰惨だった。
 街には色がなく、目に映る風景に美はなく、美術館の中にある絵画は既に死んでいた。スコットランド英語は訛りもひどく、私は現地の言葉もほとんど聞き取ることができなかった。きれいな発音を心がけてくれたのは、ハウスキーパーの女性だけで、ホテルのフロントでさえ早口の訛りが聞き取りにくく、私はひどく孤独を覚えたのだった。
 日本から持ってきていた本を読み出したのは、それから二日後。悪魔伯爵に会う前に、私は引きこもりつつあった。
 日本にいるときと、ほとんど何も変わらない日常が始まろうとしていた。そのことに、とても絶望する。どこに行っても、何を見ても、もはや私の心は死んでいる、と。


「はじめまして……あなたにとてもお似合いのチャームがあります」
 その人は、悪魔と言う割には、温かい出迎えをしてくれた中年貴族であった。
 昼食をご一緒に、と誘われ、正餐を体験する。失礼がないように、とスーツをグラスゴーで新調していたが、その時ばかりはとても緊張した。
 日本から持っていった手土産は箱根で作られている仕掛け細工で、一つ五百円から八百円だっただろうか。子供騙しの箱であるが、組み木細工で作られた市松模様のデザインが素敵だといってとても喜んでくれた。
「日本の方は手先が器用で素敵な作品を作ります。実は私も、一度、日本へ行ったことがあるのです。私がまだ百六歳だったころでしょうか。その頃の東京は活気がありましたね。そして、野心的な藩士が多くて」
 英語が聞き取れなくて、少し笑わせてもらった。ワンハンドレッドと聞こえたような気がしたのだ。ワンオーシックスかと聞き直したら、イエース、と言ってから大笑いされた。たぶん、ジョークだったのだろう。明るい悪魔伯爵だ。
 今の年齢は、と聞いたら、忘れてしまいました、と返された。ミステリアスで楽しいジョークだ。いや、ジョークでなければ、私はいつ現実を喪失したのだろうか。
 スコットランドで有名な伝統料理なのかどうかはわからないが、伯爵が私に出してくれたのは、温かいチーズの料理である。最近、伯爵はスイスへ旅行してきたという。チーズをそこで買ったのだという。肉チーズフォンデュであった。それをスコットランドで味わう。妙な気分になって、私は話した。
「スコットランドでチーズは食べられないと思っていました」
「なぜです? 魚にチーズを乗せて焼いたらおいしそうだと思いませんか? ケルトの伝統料理でもチーズはよく使います」
「スコットランドに酪農はあるのですか?」
「ありますよ。ブリテン島は海流のおかげで日本よりも緯度が高いのに、温かいでしょう。それに雨量も適度にあるので、緑もいっぱい」
 正餐を手伝ってくれた召使が二人いた。形式ばったところがなく、食事を運んだ後、鈴で呼ぶまでは部屋から出ていた。必要な時に傍に来て仕事をし、後は隣室でラジオを聞きながら、お菓子を食べている。
 執事は度々飲料の継ぎ足しと食事の進み具合を確かめるようにして、部屋に入ってきた。その人は、北海道にも酪農はございますね、と私に確かめた。日本通なのかと聞き返せば、その執事もお茶目な男性で、百年前ではありませんが、と笑う。伯爵がつまらなそうに、二十年前だ、と訂正する。
 伯爵は執事が出て行ってから、私に話した。
「太陽光線とチーズの消費量に興味がありますか」
 私は出国前にそのような論文を読んでいた。奇妙な偶然の一致を感じつつ、うなずいた。伯爵はワインを口にしてから、続けた。
「あなたには解答が必要でしょう。今、あなたの体はチーズを欲しています。太陽を浴びたくてたまらないのです。あなたは冬の時期に、北へ来てはいけませんでした。こういう時は、地中海へ行き、真っ青な海を見ながら古の遺跡を眺めて散歩するのです」
「そうかもしれません。失礼ながら、この国に着てから、気分が落ち込んでなりません」
「普通のことです。私たちにはよくあることです。しかし、あなたは今日、私の客となった。それは喜ばしい必然なのです。私はあなたに会うために、スイスへ行きました」
 少し頭が混乱した。スイスへ行ったのは私のためなのだ。
 理由は。
「日本から電話をもらったときに、オーロラを見たいお客様がいて、神秘的な力に飢えていらっしゃると聞き、美味しいチーズの料理を食べさせる必要があると感じました。ですから、ローザンヌにいる私の友人に連絡をして『チーズで食べるたっぷりのたんぱく質料理を教えてくれ』と頼みました」
「チーズを買うためにスイスへ行ったのですか」
「はい。あなたには、溶けるチーズが必要でした。温かくして食べる料理が必要なのでした。冷たく硬いレンガのような塊を少しずつ削って食べるような食べ方ではなく、たっぷりとよそって、腹のそこから温まるようなチーズが必要なのでした」
 その言葉を聞いてから、フォンデュの中にあるとろけた黄金の液体を見た時、何かが崩れ落ちた気がした。腹の底にあった冷たい塊が崩れて落ちた。
 伯爵はその液体に小さな肉を入れてまわしながらチーズをつけた。その串をそのまま私に手渡した。艶やかに光るチーズを見ていたら、涙が出そうになったので、そのまま礼も言わずに口に入れた。腹に落ちた時、その熱が心に光を灯したような気がした。
 その後、私たちは言葉少なくなり、肉にチーズを巻きつけて、食事を楽しんだ。
 包まれていく温かい肉の姿を見ているうちに、私の心は安らぐようになっていた。
「ところで、チーズと太陽の関係って何ですか?」
 腹が膨れてきた頃に、私はそう質問した。執事が冷たいプディングと暖めたモルトウィスキーを持ってやってくる。伯爵は一度口を拭ってから、答えた。
「それは冬の極夜に食べる太陽光のおやつです」
「チーズってそういう意味がありましたっけ?」
「今、考えました」
 ジョークの好きな悪魔である。私も答えを求めることを止めて笑った。


 私は知的な人間だ。全ての事象に答えを求めすぎる傾向があることを理解していた。
 そのことが、全ての謎を解き明かし、私の人生を逆にとてもつまらなく感じさせるのかもしれなかった。解けない謎を追って、わくわくしているのが好きだった。だが、世界は科学的に全て証明されつつある様に感じられ、そのことがこの世に生きていること自体をつまらなく思わせた。
 太陽とチーズの関係は、学術的には面白い医学的な実証だ。太陽光は人間の生存にとって必要なものだ。日光の少ない場所では、背骨が曲がる骨軟化症という症状が生じる。ビタミンDの形成不良からなる骨の異常だ。
 だから、受光量の少ないスイスの山奥で、チーズをたっぷり食べる料理でも発達したのだろうか。チーズはビタミンDの不足しがちな地方で、かつ、海から離れた山間の地方では必然の食品なのだろう。
 このようにして、答えを考え出してしまう自分の知性が人生の楽しみを邪魔しているのだ。謎を解いた後の高揚感は、長く続くことがない。チーズと太陽の謎が解けたら、自分が太陽光に飢えている現実を淡々と対処するだけである。
 しかしながら、伯爵は私に新たな謎を用意した。
「私が読んでいた論文をなぜあなたが知っていたのでしょうか。日本を出る前、私は太陽活動とチーズの消費量が相関することを知り、興味を持ちました。スコットランドに来る二週間ほど前のことです」
「ああ! それは簡単なことです。その頃、私はいいチーズを見つけて興奮していました。早くあなたに食べさせてあげたい、と願ったので、あなたにチーズの情報が伝わったのでしょう」
「とても非科学的な答えですね」
「いいえ。この答えはあなたを喜ばせるはずです」
 それは事実だった。不思議な現象を心待ちにしていたのだ。
 偶然なんてこの世にはありえないと信じていた。何とかして、神秘的な現象の説明をしたかった。彼と一緒にチーズを食べた時に感じた。彼は確信していたのだ。私がこの国でチーズを食べて喜ぶであろうと言う事実を。
 現実的な答えとしては、添乗員が神秘的なチーズを探しておきます、と言った後、この伯爵に電話をしたのではないか、ということである。だが、これは確認するとたまらなくつまらない気分にさせられてしまう。
 それから、私たちはデザートとウィスキーをたしなみながら、偶然の科学について、冗談を交えて会話をした。その日、私はチャームを受け取ることができなかった。強かに酔っ払って、夜半過ぎまで楽しんだからだ。
 初対面の相手に対して、ここまで打ち解けたのは初めてだった。言葉も半分以上わからないにもかかわらず、心はとても安らいだ。そして、酒の勢いもあったのか、泊まるように言われて、素直にその日は厄介になった。
 翌日。
 チャームを受け取ったが、その物体に魔術はかかっていなかった。
 金色のシトリンを用いたブレスレットだった。装飾の形に魔術的な力を読み取ろうとしたが、ケルトの文様らしい古代の文様も、魔術的な文様もないようだった。
「これはあなたのために作ったチャームです。なぜ、これがあなたのチャームだと思いますか? あなたはこのブレスレットを付けたら、幸せになります。何故だと思います?」
 理由はわからなかったが、受け取って腕につけてみた。
 魔術的な効用を期待して、心を澄ましてみたが、何かが変わったようにも思えなかった。答えを求めて、伯爵を見る。彼はそのまま口を閉じて笑っていた。
 そうやって謎を残すのが彼の分析による、私の人生なのか。私は世界に謎が残っていた方が、幸せなのかもしれない。その方が、残りの人生を有意義に過ごす楽しみができる。
 そう思った直後、彼は重々しく宣言した。
「このチャームをつけたら、あなたには友達ができます。一生を共に過ごしてもいいと思うような、温かい心のお友達です。その人とはたとえ遠くに離れていても、心を通じ合わせて一緒に喜び合うことができるのです……ああ、最初の効果がそろそろ見えてくる頃でしょう。私がその最初のお友達なのです」
 そう答えて、笑顔になる。冗談好きな彼らしい笑顔で、裏切られるとは微塵も考えていないような、無邪気な笑顔で。太陽のように輝いて見えたのだった。私はその答えに大笑いして、かつ、泣きながら彼の手を握った。
 あなたはこれからたくさんの友達ができます。人生がもっと楽しくなります。
 彼はそう言って私を送り出した。
 私たちはもう友達なのです、という言葉を車の中で繰り返して、思い出しているうちに、グラスゴーに着いた。ホテルの前に来た時、私は彼にチャームのお礼を払っていないことに気がついた。しまった、と思ったのはその時だ。
 何という無礼なことをしたものか、と思い、ホテルに飛び込んだ。彼に電話を入れようと思ったのだ。それから、支払い先の口座番号を聞かなくてはならない。
 厄介なことになった。英語の数字を聞き取ることほど厄介な仕事はない。絶対に聞き取れない自信があった。数字だけはどうしても、聞き取ることに不安があった。間違えたら、大変なことになる。
「すみません。お手伝いして欲しいことがあるのですが」
 私はフロントにそう話しかけていた。すると、部屋の奥から出てきたフロントの男性が驚いた顔で私を見た後、訛りのひどい言葉で叫びだし、従業員を呼びに行った。
 奥にいた従業員が次々と出てきて、叫びながら抱きついてきた。その行為にひどく困惑した。何があったのか全く聞き取れない。だが、聞き取れないなりに、警察、という意味の言葉は理解できた。昨日は無断外泊した。なにやら嫌な予感がした。
 処罰されるようなことにならなければいいけれど、と思っていたら、添乗員がやってきて、この騒乱の中に入った。今日の昼過ぎに約束していた。これからエディンバラに一緒に向かう予定なのだ。ホテルの前に観光バスがついていた。
 助かった、と思った。あとの説明は添乗員に任せて、私は宿泊先を出て行く支度をするために、自分の部屋に戻った。
 部屋に戻ったら、一度も使わなかった聖書がベッド脇のテーブルに置かれていた。今しがた読んだばかりと言う形で、ページが開かれている。私はこんな風に聖書を読む習慣なんてない。
 だが、その本を見ていたら、ふと、私によく話しかけてくれたハウスキーパーの女性を思い出した。異国から来た私にも聞き取りやすいようにゆっくりと英語で話しかけてくれた人だ。彼女と交わした言葉は少ない。朝晩の挨拶と、掃除を依頼する命令と受諾。それぐらいなのだが、この本を開いたのは彼女ではないかと思った。部屋の中は既にきれいに片付けられている。掃除の終わった部屋で、唯一この本だけが開かれている理由は、彼女が読んだからに違いないのだ。
 そして、客室でそんな行為をする掃除婦はいない。その行為には意味があるのだ。
 私は腕についたブレスレットを見て、傍にあったメモに、ありがとう、と書き記した。それをページに挟み込んで、本を閉じた。
 事実は確かめる時間がなかった。
 荷物を持って降りたら、チェックアウトが既に終わっていた。添乗員が全てを終わらせてくれていた。バスに荷物を運び入れる時、ドアマンが飛び切りの笑顔で「イッテラシャイ」と片言の日本語で見送ってくれた。慌しく手を振った後、再び、彼らにお礼のチップを何も渡していないことに気がついた。もちろん、悪魔氏への電話も、だ。
 それから、五年が過ぎている。
 だが、心はいつまでもあの国に繋がっているような気がした。あれほど陰鬱だった旅の思い出も、温かいものに変わっていた。スコットランドは私にとって、温かい国だ。
 私がチャームの謎に気づいたのは、つい一昨日の話である。ブレスレットに光を当ててその影を眺めてみようと思った。予感がしたからだった。金色の光の中に、小さなハートが結像するのが見えたとき、彼が地球の反対側で、私に答えを教えたからだと理解した。
 その石の中で、私の心は悪魔に捕らわれたのかもしれない。でも、私の心には、今、温かい太陽光が溢れている。それが彼の魔法だったのだ。
 世界にそういう謎が一つあれば、人生を楽しむには充分なのだ、と思う。





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文責:tomoya@CONTO BLOCO